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名古屋地方裁判所 平成2年(行ウ)36号 判決

原告

チョウドリ・アフサル・ハキム

右訴訟代理人弁護士

宮田陸奥男

被告

法務大臣

左藤恵

右指定代理人

長谷川恭弘

外五名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  平成二年七月一九日付で原告がした在留資格変更申請に対し被告が同年八月一七日付でした不許可処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四二年(一九六七年)三月六日バングラデシュ国チッタゴンにおいて出生した同国籍を有する外国人である。

2  原告は、日本語勉学を目的として昭和六三年三月一八日成田空港に到着し、東京入国管理局成田支局審査官から出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第七九号による改正前のもの。以下「旧法」という。なお、平成二年六月一日から施行された右改正後のものを以下「法」という。)四条一項一六号並びに出入国管理及び難民認定法施行規則(同年法務省令第一五号による改正前のもの。以下「旧規則」という。なお、同年六月一日から施行された右改正後のものを以下「規則」という。)二条一項三号に規定する「法務大臣が特に在留を認める者」に該当する者としての在留資格(就学)及び旧規則三条一項六号による在留期間六月の上陸許可の証印を受けて、同日上陸した。

その後、被告は、昭和六三年九月一二日、平成元年四月二二日及び同年九月一二日に、原告が東京入国管理局においてした日本語勉学の継続を理由とする在留期間の更新申請につき、それぞれ在留期間更新を許可した。さらに、原告が平成二年三月五日東京入国管理局においてした語学勉学の継続を理由とする在留期間更新申請につき、被告は、在留期間を同年四月一七日までの三〇日とする在留期間更新を許可した。

3  原告は、同年四月一一日、名古屋入国管理局において、名古屋デザイン専門学校印刷デザイン科に入学を許可されたとして旧法四条一項六号に規定する在留資格(留学)への更新申請(以下「当初申請」という。)をした。

これに対し、被告は、同年七月六日、同校における欠席日数が多いという理由で変更を許可しない処分(以下「当初処分」という。)をし、これを原告に通知した。

4  原告は、同年同月一九日、名古屋入国管理局を経由して被告に対し、名古屋デザイン専門学校からの退学勧告が撤回され、また、欠席について正当な理由があったとして、同校への入学を理由に再度在留資格の更新申請(以下「本件申請」という。)をした。

これに対し、被告は、右申請を特別受理した上、同年八月一七日、「真の在留目的が留学とは認められない。」との理由で変更を許可しない処分(以下「本件処分」という。)をし、原告にこれを送達した。

5  しかしながら、原告の名古屋デザイン専門学校における出席率は著しく不良というほどではなく、欠席についても、病気、転居、回教行事の断食行を東京で行ったこと等のやむを得ない事情があったこと、日本において原告の長兄が大使館に勤務しており、原告の在留中の経費の支払能力に欠けるところはないこと等の事実があるのであって、これらの事実を前提にすれば、被告には本件処分の判断の基礎とされた事実についての重大な誤認があることが明らかであり、本件処分は、被告の裁量権を逸脱ないし濫用してされた違法な処分であり、取消しを免れない。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実及び同4のうち、原告が欠席について正当な理由があったとしたことを除く事実は認め、同5は争う。

三  被告の主張

1  本案前の主張

(一) 在留資格の変更を申請する場合、当該申請人が現に在留資格を有している者であること、すなわち、在留資格に対応する在留期間満了日以前の者であることが法の規定する申請の要件であり、在留期間が経過した後に在留資格の変更又は在留期間の更新の申請をすることは認められない。

しかし、例外的に、在留期間内に申請をすることができなかった事由が、天災、事故、疾病等申請人の責めに帰すべからざる事由によるものであると認められる場合等特別な事情がある場合で、かつ、在留期間内に申請があったとすれば許可されたであろうと思われるときは、当該申請人を救済する見地から、法の規定にかかわらず、在留期間内に申請があったものとして特別に受理(特別受理)した上許可するという取扱いが運用上行われている。

(二) 名古屋入国管理局は、本件申請につき、特別受理の要件を充足するものと判断し、これを受理したのであるが、審査の結果、特別受理扱いのできない事案であることが判明したものである。

したがって、原告の在留資格更新申請に対する処分は当初処分をもって終了しており、同年七月一九日の受理及びその後の手続は、申請受理及び不許可処分の形を採っているが、特別受理が可能であるか否かを判断するために行った事実上の行為にすぎない。

(三) 以上のとおり、本件処分は、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三条二項にいう「行政庁の処分その他の公権力の行使に当たる行為」に該当しないから、本件訴えは不適法な訴えというべきである。

2  本案の主張(本件処分の適法性)

(一) 法は、在留資格の変更は、被告がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしている(二〇条一項、三項)が、これは、被告に当該外国人の在留資格変更の必要性、相当性等を審査させて在留の許否を決定させようとする趣旨であり、在留資格変更の判断基準が特に定められていないのは、在留資格変更事由の有無の判断を被告の裁量に任せ、その裁量権の範囲を広範なものとする趣旨である。したがって、教育機関において教育を受けることを理由とする在留資格変更の申請についても、教育機関に入学が許可されることのほか、一般的な出入国管理行政上の見地から、その必要性及び相当性を総合的に判断して許否を決定する必要がある。

(二) 被告は、当初申請に在留中の一切の経費の支払能力のあることを証する書類が添付されていなかったので調査したところ、原告は平成二年四月一日に名古屋デザイン専門学校に入学してはいるものの出席率が著しく不良であることが判明したので、在留資格の変更を認めるに足りる相当の理由がないとして当初処分をしたものであり、その後、原告が同校の原告に対して行った退学勧告は撤回されたとして、再度同校への入学を理由とする本件申請を行ったので、被告において再度調査したが、当初処分後の出席状況から判断しても、在留資格の変更を認めるに足りる相当の理由があるものとすることができなかったので、真の在留目的が留学とは認められないとして本件処分を行ったものであり、本件処分は、被告の裁量の範囲内の適法な処分である。

四  被告の本案前の主張に対する原告の反論

当初処分自体が在留期間満了日以後にされていることからも明らかなとおり、在留期間経過後も許否の処分がされるまでの間は、被告自身が残留を認めていたこと、被告は、当初処分をした時点において、原告に対し、不服申立ての手段、方法、期間等について何らの教示もしていないこと、被告が改めて本件申請を受理した上本件処分をしたこと、本件処分は当初処分の再審査という性格を有することなどの事実を考慮すると、原告の負担及び訴訟経済のいずれの見地からも、本件訴えは適法なものとして扱われるべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一まず、被告の本案前の主張について判断する。

1  在留資格の変更について、法二〇条一項は、在留資格を有する外国人その者の有する在留資格(これに伴う在留期間を含む。)の変更を受けることができる旨規定し、同条二項は、前項の規定により在留資格の変更を受けようとする外国人は、法務省令で定める手続により、法務大臣に対し在留資格の変更を申請しなければならないと規定しており、さらに、同条三項は、法務大臣は、前項の申請があった場合には、当該外国人が提出した文書により在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる旨規定している。また、同条二項の規定を受けて、規則二〇条一項は、在留資格の変更を申請しようとする外国人が地方入国管理局に出頭して提出すべき申請書の様式を定めているが、右様式の13項では、現に有する在留資格、在留期間及び在留期間満了日を記入すべき旨定めている。右各規定によれば、在留資格の変更を受けるためには、当該申請人が現に在留資格を有しており、かつ、当該在留資格に伴う在留期間が満了していないことが必要であり、在留資格を有していない外国人(在留期間の満了により在留資格を失った者を含む。以下同じ。)は在留資格の変更を受けることはできず、他方、仮に、在留資格を有しない外国人から在留資格の変更申請がされたとしても、当該申請は法二〇条三項にいう「前項の申請」に当たらず、法務大臣は、同項に基づいてこれを許可することはできないと解するのが相当である。すなわち、在留資格を有していない外国人には在留資格変更の申請権はなく、また、右外国人から在留資格の変更申請がされたとしても、法務大臣にはこれに対する応答義務はないと解される。

2  ところで、請求原因1ないし3の事実及び同4のうち、原告が欠席について正当な理由があったとしたことを除く事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば、原告は、かつて就学の在留資格を有し、更新された在留期間を平成二年四月一七日までと決められて本邦に在留していたが、当初処分を受けた結果、右在留期間の更新又は変更を受けないで同日を経過したことをもって在留期間が満了したことにより在留資格を失った者であるにもかかわらず、被告は、本件申請を受理した上、本件処分をしたものであるということができる。

そして、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告は、従来から、本来の受理期間を経過した後にされた在留資格の変更、在留期間の更新又は在留資格の取得(永住者の在留資格の取得を含む。)の申請であっても、次のいずれかに該当し、かつ、事案の内容から許可が確実と見込まれる場合には、当該申請人を救済する見地から、当該申請を特別受理して許否の処分をすることができるという取扱いをしている。

(1) 在留資格取得事由発生後六〇日以内にされた在留資格の取得の申請であること。

(2) 在留期間経過後にされた在留資格の変更若しくは在留期間の更新の申請又は右(1)の期間経過後にされた在留資格の取得の申請で、申請の遅延が天災、事故、疾病等申請人の責めに帰すべからざる事由によるものであると認められる場合その他申請の遅延の事情又はその他の情状から地方局等又は出張所の長が特に申請を受理して差し支えないと認める場合であること。

(二)  本件申請について、被告は、右(一)の要件を充足するものと考えてこれを特別受理したが、その後の調査の結果、事案の内容が在留資格の変更を認めるに足りる相当の理由があるとしてこれを許可すべきものではなく、特別受理の要件を充足しないものであることが判明したため、本件処分を行った。

3 しかしながら、前記1のとおり、在留期間の満了により在留資格を失った外国人には在留資格変更の申請権はなく、右外国人から在留資格の変更申請がされたとしても、法務大臣にはこれに対する応答義務はないのであるから、前認定の被告の取扱いは、法令上の根拠を有しない事実上の運用にすぎないものというほかない。

そうであるとすると、法令上、本件申請は本来受理される筈のないものであり、本件申請につき許可処分がされる余地はないのであるから、本件処分は、原告の法律上の地位ないし権利関係に何ら影響を及ぼすものではないというべきである(原告の主張するような事情は、右の判断を左右するものではない。)。したがって、本件処分は行訴法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するものではなく、原告においてその取消しを訴求することはできない。

二よって、本件訴えは不適法な訴えであることが明らかであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官瀬戸正義 裁判官杉原則彦 裁判官後藤博)

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